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しかしそれはそれで、狙った細胞だけに向けてどんな方法によって遺伝子を送ればよいのか、具体的な方法を考えはじめると問題は簡単ではなくなる。
遺伝子治療が発想されたあとも、なかなか実現しなかった大きな理由の1つは、この技術開発の難しさにあった。
ところがADA欠損症の場合は、病気にかかわりがある臓器が血液だから、身体の外に一度出してまた戻せるという作業上の大きな利点があった。
しかもリンパ球だけを選り分けることまでできるので、遺伝子を入れる対象となる細胞を絞り込めるメリットもある。
これが身体から取り出すのが難しい内臓などであったら、臨床技術も複雑になりすぎて、遺伝子治療第1号の対象にはならなかったに違いない。
では、どのような方法で遺伝子をリンパ球の内部に送り込むのだろうか?ADA遺伝子をむきだしで細胞に近づけても、そう簡単に内部に入り込んでくれない。
いってみれば運送トラックのような″運び屋″を雇い、遺伝子を荷台に積んで細胞膜を突破して内部にまで入り込んでもらう必要がある。
それにはいくつかの方法が考えられるのだが、AやS、そしてT君にも応用されたのは、現在ではもっとも代表的な方法とされている、特殊なウイルスを運び屋(ベクター)として使う方法である。
アデノシンデアミナーゼ(ADA)という酵素がリンパ球内で正常にインフルエンザやハシカを引き起こすウイルスは、ヒトの細胞に感染する性質をもっているからこそ、われわれの身体に取りついて病気の原因をつくることになる。
ひとくちにウイルスといってもさまざまな種類があるが、生物の細胞に侵入して棲みつぎ(つまり感染して)、自分の分身を増やしていくのが彼らの一般的な生存方法といえる。
なかでもレトロウイルスという種類のウイルスは、細胞に侵入すると自分はDNAだけの姿になってヒト細胞のDNAの一部に連結してしまう特技をもっている。
ヒト細胞がそれとは気がつかないまま2個に分裂すると、ヒトDNAも2個に複製されるとともに、このとき割り込んでいるウイルスDNAまでも一緒に複製されてしまう。
このようなレトロウイルスの性質は、遺伝子の運び屋として要求される能力にもぴったり合う。
レトロウイルスは、ヒトの細胞に侵入する特技を生かしたまま、身体に害を与える要素を取り除いてやり、さらにウイルス自体の遺伝子の一部に運ぶべき外来遺伝子を積み込む。
こうすれば、ウイルスは狙う細胞に感染したあとでヒトDNAに連結するから、運んでいった遺伝子もヒトDNAの一部となるに違いない。
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